すずわん日記

40代でサラリーマンの限界を感じました。これを良い経験として、この後の人生を楽しく豊かに過ごせるように考えたことを書いていきます。

おかあさん

今週のお題「おかあさん」

 

DNA

妻を初めて家族に紹介した時、妻はなんとも表現しがたい笑みで、僕の家族一人一人を眺めてしまった、と言っている。

「なんだか全員似ている・・・」と。

とりわけ僕は母と顔も雰囲気も似ている。

お人好しで、おっちょこちょいで、忘れっぽくて、落ち着きが無くて、でも人の悪口を言ったことや怒ったことは一度も無くて、いつも明るくケラケラ笑っている。

そのためか、色々な人に色々な事を頼まれても断れずに、大変だ、大変だ、と言いながら忙しそうに毎日を過ごしている。そして悩んでいる時は、表情を消してぼーっと一人で何かを見つめている。

顔がそっくりなら、性格も僕とそっくり。DNAって本当にあるのだなと、歳をとればとるほど感じる。

いや、歳をとったら僕が似てきたのかな。

 

満足して受け入れる

振り返ってみると、僕は母に反抗した事はほとんど無い。また他人と言い争ったり大げんかした事もない。

それは母の性格を遺伝で受け継いだからと信じていて、自分の意思を押し通す為に誰かとぶつかる、という事は出来なくとも、僕はその資質が母から受け継いだ特別に良いものだと思い、マイナスの面があっても満足して受け入れる。

まだ僕が若く、社会人になって世間の様々な知識を知り始めて間もない頃は、あまりにも地元の狭い世界でしか生きて来なかった母の不器用さに少し腹が立った事もあった。

また自分の「母に似た資質」にウソをついて、他人よりも上位に立ったり、上からの目線で周りを見て生きていきたいという欲求を持った事もあったが、歳を重ねた今はそんな考えは微塵も無い。

 

カーネーション

今年もささやかだけれども、実家に母の日プレゼントの真っ赤なカーネーションを贈った。

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結婚してからは毎年何かをプレゼントしていたが、独身時代は20歳の時に一度だけカーネーションを宅配サービスで実家に贈った事がある。

たまたま会社内で回ってきたチラシに、そういうサービスが載っていたので気まぐれで送ったのだけれども、独身時代に何かをしてあげたのはその一度だけ。

気の利かない男子が突然花を贈ってきたのだから、大人になった僕に何か心境の変化があったのだろうと、母は喜んだに違いない。単なる気まぐれだとは気づかずに。

 

一生懸命生きていく

今、僕がウツと適応障害で休職中だという事は母に伝えていないし、もういい大人なのでそんな事は伝える必要も全く無い。

今年もカーネーションが届くだけで、息子は元気でやっている、と嬉しそうに笑って、また忙しそうにアチコチの人から頼まれた事を当たり前のように受けて、明るく笑って不器用ながらも一生懸命にこなしていくのだろう。

僕も同じように明るく不器用に生きていく。

これから先の人生、あと何度母と話をして、何度母の日のプレゼントを贈って、何度笑い声が聞けるのかわからないけれど、その間に感謝の言葉の1つでも言えるだろうか?

いや、言えないな。

そんな事今さら照れくさくって、気持ち悪くって直接言えない。

けれども、何かをしてあげられる母の日の存在は、この歳になるととてもありがたい。